私には何人か、好きな画家さんがいます。
その中でも特筆すべきひとりが、今も存命で活動されているショーン・タン(Shaun Tan)さんです。
彼の描く鉛筆画の世界は、繊細で暖かく、こわれてしまいそうな儚さがあるのに、一気にこころを掴んでしまうようなちからも同時に感じさせる、不思議な魅力を持っています。
つい先日、彼の代表作の「eric」という絵本を購入したのですが、これがまた、素晴らしい作品でした。
そして、その感動そのままに、日本語訳を作ってみました。
【日本語訳】エリック、ショーン・タン
※ページ番号は、1ページ目がpage8だと思ってもらって大丈夫です。
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数年前、私たちは一緒に生活することになる交換留学生を迎え入れた。彼の名前をちゃんと発音することは難しかったけど、彼はそれを気にしなかった。彼は私たちに「エリックと呼んで」と言ってくれた。
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私たちは空いてる部屋を塗り直して、新しい絨毯や家具を買って、彼が快適に過ごせるようにすべてを整えた。だから私には、なぜ彼が眠ったり勉強したりするほとんどの時間を、キッチンの戸棚の中で過ごすのかわからなかった。
「きっと文化が違うのよ」と母は言った。「彼が幸せならいいじゃない」私たちは、彼がキッチンの戸棚で生活する邪魔をしないために、キッチンの食べ物や道具を別の食器棚に納めるようになった。
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けれどときどき私は、エリックは幸せに過ごしているのだろうかと不思議に思った。彼はとても礼儀正しかったので、もし何かが彼を煩わせていても、彼がそれを私たちに伝えてくれたかどうか、私にはわからなかったから。私は戸棚の隙間から、静かな熱意を持って勉強に集中している彼を見たとき何度か、彼が私たちの国にいるというのはいったいどのような感じなのか想像してみたりもした。
ひそかに、私は外国からの訪問者が来るのを楽しみにしていたのだ。ーだから私は、彼に見せるためにたくさんのものを用意していた。その時だけは、私は地元の専門家で、おもしろい物事や考えの泉のようだった。幸運にも、エリックはとても興味を持ってくれたし、たくさんの質問をしてくれた。
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だけど、その質問は私が想像していたようなものではなかった。
ほとんどの場合、私は「うーん、よく知らないな」とか「それは、そういうものなんだよ」と答えるほかなかった。私はあんまり彼の役に立っていると思えなかった。
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私は、私たちが週末いっしょに出かけるためにたくさんの計画を立てた。外国から留学生が来たら、私たちの町や郊外のおすすめの場所に連れていこうと決めていたから。エリックは楽しんでくれていたと思う。これも、本当のところどうだったか知るのは難しいけど。
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ほとんどの時間、エリックは地面に落ちてる小さなものに興味を持ってるようだった。
私はその時、そのことに少しいらだちを覚えていたかもしれない。けど同時に、私の母が言ったことを思い出して、考えていた。文化の違いについて。だから私は、そのことをあんまり気にしないように努めた。
それでもやっぱり、そのエリックの去り際に、私たちは戸惑わずにはいられなかった。ある日の朝早く、軽く手を振って、ちょっと丁寧に「じゃあね」と言いながら突然出ていってしまったことに。
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みんな、実際のところ、彼がもう二度と戻ってこないだろうということを理解するのにしばらく時間がかかった。
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その日の夕方以降、夕食を囲みながらたくさんの憶測が飛び交った。エリックは困っていたのか?彼は滞在を楽しめたんだろうか?私たちはもう彼から連絡をもらえないのだろうか?何かが終わってない、解決されていないような気まずい空気が流れていた。私たちはみんな、長いこと気を揉んでいた。私たちのうちのひとりが、キッチンの戸棚になにかがあるのを見つけるまでは。
行って、あなた自身で見てみてほしい。数年経ったいまでも、それは暗闇の中で生い茂って、変わらずそこにあるから。それは今では、新しい訪問者が私たちの家に来たとき、まずいちばんに見せるものになってる。「私たちの交換留学生が残していってくれたものを見てください」私たちはみんなにそう言う。「これはきっと、文化の違いにちがいないわね」と、母は言った。
fin
最後に何が描かれているかは、ぜひ買って確かめてみてください。きっと買って後悔はしないと思います。
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